産婦人科の基礎知識/旧妊娠中毒症
旧妊娠中毒症
「妊娠中毒症」から「妊娠高血圧症候群」へ
妊娠中毒症はヒポクラテスの時代からその存在が知られていました。
この病気のイメージとしては 「妊娠に関連して発生し、高血圧となり尿にタンパクが出たり、体がむくんだりして重症化すると母児ともに悪影響をおよぼす病気」 と言った感じです。
妊娠中毒症は少し前からその名称と病気の定義が変わりました。 古くからある病気だけにその名称と定義が国により少しずつ違っていたんです。 海外の雑誌に論文を投稿する際もその定義の違いが問題となっていました。 日本産科婦人科学会もそれを改めて国際的に通用するように変更したというわけです。
「妊娠中毒症」は現在は「妊娠高血圧症候群(pregnancy induced hypertension;PIH)」といいます。
病気の定義は
「妊娠20週以降、分娩後12週まで高血圧が見られる場合、または高血圧に蛋白尿を伴う場合のいずれかで、かつこれらの症状が単なる妊娠の偶発合併症によるものではないものをいう。」
PIHの病態
妊娠中毒症の名称の時代は「妊娠に高血圧、たんぱく尿、浮腫の一つもしくは二つ以上の症状が見られ、かつこれらの症状が単なる妊娠偶合併症によるものではないもので、妊娠20週以降から産褥6週間以内に発症したもの」と定義していました。 病態としては、これらの3つの症状のうちいくつかが発症し、重症化すると肝機能障害、血液凝固線溶系の異常、呼吸循環不全、中枢神経系の異常などが発生し、沢山の臓器が一度にダメージを受けてしまうというものです。
新しい定義では「浮腫」という症状が入っていません。
浮腫は血管の透過性が増して、血液の中の水分が血管の外にもれ、皮下組織が水浸しになり腫れてくる状態です。 浮腫は何も妊娠中だけに起こる現象ではありません。 仕事から帰った後の夕方の足のはれぼったい感じや飛行機に長時間乗った後に靴が窮屈に感じたりという具合に日常でも見られる減少です。 一般的なむくみは一晩寝ていると朝には改善しているものですが、妊娠中の異常な浮腫はいつもむくんで改善がみられません。
授乳後の嘔吐
「浮腫」は正常妊娠でも30%の妊婦さんに見られるのであまりに一般的な症状であり除外されました。 臨床の場では確かに浮腫だけでなにごともおこらない方はいらっしゃいますが、中には浮腫がPIHの発症の早期発見につながることも多く経験しています。 急激な全身の浮腫の数日後に急激な血圧の上昇をみて、あれよあれよと症状が重症化してしまいます。 PIHの診断基準からは外れましたが、浮腫がある場合は注意深い経過観察と管理する側の心構えが必要と考えています。
新しい基準では、高血圧がもっとも重要な症状としてとらえられています。 定義としては、妊娠期間中の血圧の上昇だけでPIHと診断してよく、場合によりたんぱく尿も合併することがありますよ、という解釈になります。
子癇発作という状態があります。 滅多にない病態ですが、PIHでは最重症状態になります。 まるで何かにとりつかれたように全身の非常に強い痙攣(けいれん)が発生し呼吸管理や筋弛緩薬の投与が必要となります。
PIHの原因
PIHは妊娠による身体的な負担に対して、母体が適応することができない状態になっているといえます。 その原因はいろいろな説がありますが、実はいまだにはっきりしていないんです。
胎盤から分泌される物質による血管内皮細胞の障害(血管が内側からもろくなっている)、血管の攣縮(血管の不規則な収縮のようなもの)、血液凝固異常(血液を固まらせる働きの異常)、末梢循環不全などあげられています。 また、これらが複雑に絡み合って発生しているとも推測されています。
PIHは母体と胎児の免疫学的な拒絶が原因との考え方もあります。 胎児の半分は父親の遺伝子を受け継いでいるので母体からすると異物にあたります。 生体は異物を排除する重要な働きがありますが、妊娠中はこの排除する仕組みが抑制されている一種の異常な状態といえます。 PIHはその排除する力が強くなった結果かもしれません。
PIHの分類
PIHはいろいろな観点からいくつかに分類されています。
1.合併するたんぱく尿の有無による分類、もともと高血圧や腎臓の病気があったときの分類
2.高血圧の程度やタンパク尿の程度による重症度の分類
3.発生する時期による分類
妊娠中の帝王切開の切開の痛み
1.の分類では以下の4つに分けられます。
a.妊娠高血圧(gestational hypertension ; GE)
「妊娠20週以降に初めて高血圧が発症し、分娩後12週までに正常にもどる場合」
b.妊娠高血圧腎症(preeclampsia ; PE)
「上記の妊娠高血圧に蛋白尿を伴うもの」
c.加重型妊娠高血圧腎症(superimposed preeclampsia)
以下の3つの場合が考えられます。
「慢性高血圧が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、妊娠20週以降に蛋白尿を伴うもの」
「高血圧と蛋白尿が妊娠前あるいは20週までに存在し、妊娠20週以降に増悪するもの」
「蛋白尿のみがある腎臓の病気が妊娠前もしくは20週までに存在し、
妊娠20週以降に高血圧が発症するもの」
d.子癇(eclampsia)
「妊娠20週以降に初めてけいれん発作を起こすもの。てんかんや二次的な発作はのぞく。」
2.の重症度の分類は「軽症」と「重症」に分けられます。
「軽症」
血圧に関しては、収縮期血圧(高いほう)が140mmHg以上、160mmHg未満。 もしくは拡張期血圧(低いほう)が90mmHg以上、110mmHg未満 蛋白尿は原則として24時間尿を用いた定量法で判定し、300mg/日以上で2g/日未満の場合
「重症」
血圧が収縮期血圧が160mmHg以上か、拡張期血圧が110mmHg以上の時 蛋白尿が2g/日以上の場合 重症の蛋白尿の場合はそれだけ沢山のタンパク質が失われているということですね。
一般的な妊婦健診で「蛋白尿」の項目がありますよね。 あれは、随時の試験紙による尿検査になります。 尿の検査試験紙の色の変化で判定します。
(-)は15mg/dl以下を、(+-)は15〜30mg/dlを、(+)は30mg/dlくらい、(++)は100mg/dlくらいを、(+++)は300mg/dlくらいと判定されます。
一日同じ濃さの尿が1リットル(10dl)でたとすると、++の場合は尿蛋白量の一日量は1000mg=1gとなり尿蛋白量では軽症となりますね。
3.の発症する時期による分類は、
妊娠32週未満に発症するものを早発型(EO:early onset type)
妊娠32週以降に発症するものを遅発型(LO:late onset type)
より早く発症した方が重症化する可能性が高いためこのような分類があります。
PIHのリスクファクター
PIHになりやすい状態、環境をチェックして早期発見の参考にします。
"おむつかぶれと内訳"
・糖尿病、高血圧、腎臓の病気などがもともとある場合、または家族歴がある場合
・太りすぎ、もしくは、やせ過ぎ
・高齢初産(35歳以上)と若年妊娠(15歳以下)
・多胎妊娠
・以前PIHになったことがある
などはリスクファクターとなっています。
PIHの早期発見と管理
1.外来管理
初診時に問診や診察で上のリスクファクターを参考にハイリスクかどうかを評価します。 ハイリスク群は注意深く外来管理を行ってゆきます。 外来レベルでは安静や食事、塩分の減量などの生活指導を行います。 場合によっては自宅で血圧の自己測定をお願いすることもあります。 そして、通常よりも密な妊婦健診をおこないます。 胎児の発育不良を合併することもあるので、発育や胎児の血流の評価を行います。 軽症例では外来管理も可能ですが、重症例や胎児の発育不良などが発生したときは入院管理を行います。
2.入院管理
・母体管理
血圧、脈拍、24時間蛋白尿の定量、血算、生化学検査、凝固線溶系などで、母体の全身状態を確認します。 血液の濃縮や肝機能、血小板の数値、尿酸値なども重症度の参考になります。 必要があれば、胸水の検索のためのレントゲン検査や高血圧による眼底出血などのチェックも行われます。
・胎児管理
PIHは胎盤機能が低下してきます。 そうすると胎児へ栄養や酸素が到達しづらくなります。 子宮内で胎児が発育不良となることを子宮内胎児発育遅延(IUGR)といいます。 PIHはIUGRとなる可能性が高く、胎児の発育のチェックは非常に重要となります。 PIHの時に発生するIUGRは骨格の発育は良好で、やせた体型のIUGRが多くなります。 妊娠週数の早い時期からPIHが発生した場合は骨格も小さいタイプのIUGRとなることもあります。 PIHがあると胎児は慢性的な低酸素血症となる場合も多く、胎児の血流(臍帯や大脳の血流)を測定することも多いです。 血流を測定することで、胎児にとって子宮内の環境が良いのか悪いのかを判断する材料とします。
PIHの治療
PIHは妊娠が原因で起こる病態なので、妊娠の終結(ターミネーション)が根本的な治療となります。 特に胎盤が体外に排泄されると劇的に変化が見られます。 そのため、重症化して母体や胎児の不利益になると判断すると、誘発分娩や帝王切開術などで妊娠を終結させます。 しかし、週数が早く、胎児が体外生活が不可能な時期であれば、厳重な管理の元、妊娠を継続させます。
1.安静
安静にすることで、交感神経の緊張がとれ、血圧が低下したり、子宮への血流が増加します。
2.食事療法
PIHの発症予防や重症予防のためには適切な体重管理が重要になります。 血圧の上昇に対して塩分制限が厳しかった時代もありましたが、今では極端な制限は逆に害になると考えられています。 そのため、軽症では塩分摂取量は一日10g以下、重症でも7gまでとされています。 水分摂取に関しても制限しすぎると循環血液量が減少するため、極端な制限は行われません。
3.薬物療法
重症化すると安静や食事ではコントロールできなくなるので、血圧を下げる薬剤や筋肉の緊張をとる薬剤を使用することもあります。
4.妊娠の終結(ターミネーション)
妊娠の終結が最大の治療なので体外生活が可能な時期まで妊娠を延長できれば、延長し重症化したときは妊娠の終結をもって治療とすることも多いです。 ターミネーションの基準はいくつかありますが、母体の状態や胎児の状態を評価して判断されます。 胎児因子でのターミネーションは胎児発育の停止、胎児仮死、胎盤機能の悪化などがあります。 分娩が終了し、産後は症状が急速に落ち着いてゆくものですが、高齢、肥満、家族歴、既往歴などがあると症状の改善が長引くこともあります。 また、PIHを発症した場合は中高年になって血圧の上昇を来しやすくなるという報告もあるので長期的な注意も必要ですね。
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